1 ラブ・フール ~プロローグ~
突然の下世話な質問で申し訳ないが、あなたは偶然「情事の現場」を目撃してしまったことはあるだろうか。
コピー用紙ほど薄い壁の向こうから聞こえるいかがわしい声に文句をつけたくて部屋に乗り込んだり、薄暗いクラブ、ソファに腰掛けだらだら酒の尽きたグラスを傾ける男に腰掛け揺れる女。真夜中、寝惚け眼を擦りながらトイレのドアを開けたはずが弟妹の『生産現場』だった、などなど。
この物語の主人公の『彼』―楽器が入っていると思わしきケースを背負い、風雲児高校の1年生用校章を襟に付けた学ランに袖を通した少年の場合は「軽音部」と書かれた教室のドアを開いた時がそれだった。
「ノックは……しました……」
「……それは……そうですよね……」
少し伸びた黒髪の……上級生だろうか。緑の瞳、赤く染まった頬を交互に見るうち、視力検査の赤緑テストでもやっている感覚に彼は陥る。無駄にチカチカ。
「んなガキ1匹入ってきたくれーでやめんな。つづき」
状況などお構いなしにその生徒のフードを引き寄せるのはヘアバンドを着けた威厳のある気怠そうな不良。
カツアゲだとかいじめ……という雰囲気ではない、むしろ逆というか。
詳細は伏せるが、不良と比べ随分地味な生徒が、不良の方の襟を掴んでカクカク揺らしながら耳打ちをしている。
(痛覚以上に羞恥心がマイナス値ほども無いって、深刻すぎません?……じゃなくて!ここって使われてない教室だったんじゃないですか!?)
不良は、天井にぶら下がった悪趣味なミラーボールをしばし見つめ、一言吐く。
「隣だわ」
「隣」
「ここは」
「……軽音部って書いてありました」
「けいお……君は部員の不良?」
「不良かどうかは知りませんが、入部希望者です」
彼は地味な生徒に説明する。軽音部のくせに、教室は静寂に包まれた後、彼はふんわりと理解した。
―何も見なかった事にした方がいい。
しかし不憫な話である。正しく本来の目的を果たすべく訪れたのは彼の方なのに。
彼は季節外れの転校生で、軽音部入部を希望していた。
見学に来ただけで、悲劇に見舞われたのだ。
「……えっと。まあここは穏便に」
そうもいかない。衣服と姿勢を正す上級生達と、不幸な転校下級生に加えて登場人物が加わる事で、事態はより複雑になる。
何かしらのケースを持った不良数名が部室の前に現れた。この部屋の本来の主―風雲児高校軽音部の面々だ。
「総長!副長……!?」
「で、こっちはお知り合い……っぽくねーな」
「アァ?てめ何モンだぁ?」
「その子は軽音部入部希望の1年生ですよ!」
口々に突っ掛かっていく不……軽音部部員たちを制し、地味な生徒が説明する。2人はこの学校のトップとその片腕なのだろうと、彼は先ほどの会話から察した。
彼が頭の中を整理しているうち、不良のひとりが部室に足を踏み入れる。
かすれた―高校名が書かれているように見える木材で拵えた不穏なギターケースから獲物を取り出し、シールドからアンプへ直に繋ぐ。
その不良はチューニングを始めつつも視線を寄越さないまま、彼に声を投げた。おそらくその不良が、軽音部部長の様だ。
「俺の弾くギターフレーズに付いて来れりゃ、入部を認めてやる」
彼も無言でセッティングを始める。「風雲児高校軽音部の見学と入部検討」という本来の目的も果たせるし、総長と副長の脱出の時間稼ぎもできる、と考えたのだ。
彼がギターケースを開けると、部長は珍し気に覗き込む。
「ほー、セミアコ使ってんの」
エレキギターといえば空洞のない木材の塊・ソリッドギターだが、セミアコースティックギターはその名の通り、ボディに空洞部分と木材の詰まった部分、その両方が存在する。
ジャズからロックまで幅広いジャンルの演奏に対応できるが、丸みのあるサウンドをロックの演奏に用いるには、相応のバランス感覚とテクニックが要求される。
「メタルには向かねえイキったギターじゃん。ウチも頭数足りねーし腕のイイ奴はウェルカムだ。ちょいハンデくれてやっけど、ナメた演奏すっとぶっ飛ばすかんな」
言うなり、軽音部部長が演奏を始める。
セブンスコード。不良然とした見た目からは想像できない程滑らかに、節くれた指がフレットの上を器用に動き、ブルースギターの定番コードを奏でていく。
その手元をぼやりと見つめた彼は、演奏を終えた部長に顎で促され、入部テスト開始を告げられた。
―セミアコの分、指弾きだと音がまろやかになり過ぎる。彼はそう判断し、ポケットからピックを取り出す。
それをストリングの裏に引っ掛けるように弾き出せば、力強いブルースの音色が響き始めた。
ジャズ、ポップス、フュージョン、ロック。
様々な音楽のワンフレーズが、10分ほどの間に駆けて行った頃、軽音部部長はギターを置き、彼の肩を嬉し気にバシバシ叩く。
「だははははは!一年、お前スゲーじゃん!ちっとバンドごっこやってきたタマじゃねえな」
周りの者は唖然としていた。この部長、とてもそう見えないがサポートギタリストとして東成都中を駆け回っており、プロアーティストから正式にサポートのオファーを受けるほどの腕前を持つ。
そんな部長に互角、いやそれ以上にアドリブや音楽性に合わせたアレンジを加え、彼は演奏を続けたのだった。
副長らしい生徒も開いた口が塞がらない様子だが、この場合は「これで札付き不良男子高校生じゃなかったら良いのにな~!」という絶望のそれである。
そして、この高校の不良達を毛嫌いしている副長だが、才能の片鱗にはつい足を止めてしまう性質の様で、この度もお膳立てされた窮地から脱出するチャンスを、入部テストのギターセッションに聴き惚れてふいにしてしまったのだった。
「うっし、今この瞬間からオメーも最強風雲児高校軽音部の一員だ!……そういや総長、副長。お二人はこちらで何を?」
満足そうな部長に無駄に鋭い質問を放たれ、地味な生徒―副長は彼に目配せをする。口裏を合わせろ、という事なのだろう。
「えーとえーと……うん。矢後さんは発作が出てるくせに他校に乗り込もうとしてたので、か、軽くのしてやりました!」
「ふ、副長……」
総長を止める事ができるのは副長だけだな、健康第一。と納得する軽音部の面々。
その隙にと、副長が総長を担いで部室を脱出しようと試みている。見かけによらず腕力があるようで、彼は驚くと同時に安心した。しかし。
彼が、注意を逸らそうと部長に話しかけようとした時だ。
「ん。ここでヤる前だったじゃん。つづき」
いつの間にか居眠りしていたはずの総長が火に油を注ぐ。軽音部部員、副長、そして彼。
三者三様のピンチ(は副長のみ)に場が凍り付く瞬間に、軽音部部長が震えた声を上げた。
「―終わってねえ……」
「―は?」
「失礼こかせて頂きやすが副長、総長はまだ戦る気っス!この喧嘩は終わっちゃねえス!これも何かのご縁。このタイマン、新入部員を迎えた俺達軽音部が世話人として立ちやしょう。御二人には、バンド対決でケリつけて頂きやす!まずはサシの勝負に水差して来やがる総長が潰すはずだったガッコーを黙らせねえと!お前ら行くぞォ!お前もだ新入り!」
副長が唖然とする間に手早く要綱が伝えられ煩い足音の嵐が過ぎ、再び軽音部部室は静寂に包まれた。
副長ひとりを残して。総長―矢後勇成もいなければ、あの一年生もいない。
「喧嘩じゃあぁああああぃ!」
遠くで響く軽音部部長の哮咆にうんざりとした低い呻き声をハモらせながら、副長―久森晃人は提示された「バンド対決」の要綱を反芻していた。
●練習期間は1か月。つまり勝負は1か月後、体育館で
●勝敗はオーディエンス(風雲児高校生徒)の投票
●1曲勝負で選曲は自由
●メンバーも自由に集めて構わない
About
whr久森×矢後+風雲児モブ、オールキャラのバンドパロ小説です。 ※モブ主人公、捏造で構成された作品です。 ※全年齢作品ですが、軽く性行為を示唆する描写を含みます。
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2023年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する